大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1216号 判決 1981年4月13日

控訴人

東武鉄道株式会社

右代表者

根津嘉一郎

右訴訟代理人

加藤眞

被控訴人

東京都

右代表者東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

林勝美

外二名

被控訴人

稲葉キミ

外三一名

右被控訴人稲葉キミほか

松本治雄

三一名訴訟代理人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人東京都は控訴人に対し原判決添付別紙建物目録1ないし38記載の建物を収去して原判決添付別紙土地目録2記載の土地を明渡し、かつ金九九四万五五三三円及び昭和五一年四月一日から右土地明渡ずみに至るまで年二八三万一五七二円の割合による金員を支払え。被控訴人東京都を除くその余の各被控訴人は前記建物目録記載のうち、原判決添付別紙被控訴人目録記載の各被控訴人氏名と同一の行に記載された建物からそれぞれ退去して、原判決添付別紙個別土地目録記載の土地のうち、前記被控訴人目録記載の各被控訴人氏名と同一の行に記載された土地をそれぞれ明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  <省略>

二  原判決一一丁裏上段初行及び七行目から八行目にかけて「別紙被告目録記載」とあるをいずれも「別紙被控訴人目録1ないし4、6、8ないし15、17ないし28、32ないし38記載」と、一四丁裏上段五行目及び下段六行目に「別表記載」とあるをいずれも「別表(ただし、工藤五郎、小菅鉄司、浅海孝一、米沢保久、有坂繁、佐藤治平に関する部分を除く)記載」と訂正し、一七丁裏上段八行目の「(鈴木」から一〇行目の「参照)」までの部分を削除し、一八丁表上段五行目に「実状は」とあるを「実状に」と訂正し、一九丁表上段二行目から三行目にかけての「(鈴木・前掲・同ページ)」を削除し、三三丁裏上段九行目に「二三条の四二号」とあるを「二三条の四第二号」と訂正し、なお二一丁裏上段八行目の次に行を改めて「また賃貸借契約は私法関係であり、従つて更新拒絶についての正当事由の存否はまさに私法関係に関するものであるが、被控訴人都が本件都営住宅を所有することは、被控訴人都の行政主体としての行為であり、私法行為の主体としての行為ではない。従つて右正当事由の存否を判断するにあたつて被控訴人都が都営住宅を所有する必要性を考慮することは許されないところである。」と加える。

三  控訴人は当審において次のとおり述べた。

1  仮に被控訴人都が都営住宅の提供を必要とするとしても、それは借地法上の更新請求によるべきものではなく、これに代わるべき措置によるべきものである。また被控訴人都がどうしても本件土地を必要とするならば土地収用法により本件土地を収用することが可能である。従つて被控訴人都がこれらの措置をとることなく更新請求を求めることは行政の怠慢というべきである。

2  現在本件土地上には都営住宅三八戸が存在しているが、いずれも建築後二〇年以上を経過しているため公営住宅法二三条の四第二号により建替が可能であり、被控訴人都もこれが建替計画を有している。そして建替がなされる場合には同条第三号により原則として現存住宅の二倍以上即ち七六戸以上の建築を要することとされているが、右七六戸はこれに附帯すべき子供遊び場、災害避難路その他の敷地を含めても原判決摘示のB部分のみで十分建築が可能である。

3  従つて被控訴人都としては右の各措置をとることなく本件土地につき更新請求を求めることは行政上の職務を忠実につくし公益に奉仕すべき義務を懈怠し、私法人である控訴人の権利行使を阻害するものであつて権利の濫用として許されない。故に本件土地全体、ないし、少なくともA部分について被控訴人都は建物収去土地明渡を免れないものである。

四  被控訴人らは控訴人の右主張に対し次のとおり述べた。

1  控訴人主張の1及び3の事実ないし主張は争う。同2の事実は被控訴人都が本件都営住宅につき建替計画を有しているとの点を否認し、その余の事業は認める。

2  本件更新請求は住宅困窮者たる都営住宅入居者に対し低額な家賃で住宅を賃貸するために必要不可欠な措置としてなされたものであつて控訴人に対する加害の意思ないし目的からなされたものではない。そして被控訴人都が本件土地を必要とする事情は既述のとおりであつて本件更新請求は権利の濫用ではない。

五  <証拠省略>

理由

一当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく棄却を免れないものと判断するが、その理由は次のとおり付加、削除又は訂正するほかは原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。なお、当審における新な証拠も以上の認定判断を左右するに足りない。

二原判決三丁表六行目に「別表記載」とあるのを「別表(ただし工藤五郎、小菅鉄司、浅海孝一、米沢保久、有坂繁、佐藤治平に関する部分を除く。)記載」と、末行に「同作伯浩」とあるを「同佐伯浩」と改め、六丁表初行から二行目にかけての「ないし一一」を削除し、三行目の「第九号証」の次に「被控訴人都主張の写真であることにつき争いのない乙第三号証の二ないし一一」を加え、七丁裏初行の「都営住宅建設」とあるのを「都営住宅という建物所有」と改める。

三原判決四丁表九行目から同裏一行目までを「被控訴人都は地方公共団体であつて行政主体であるが、その活動、即ち行政活動の法関係のうちには、私人間の経済取引と全く同様に行われ、私法規定の全面的な適用を受ける関係が存することは、多言を要しないところである。そうして前一記載の当事者間に争いのない事実によれば、本件賃貸借の関係が右の関係、即ち私法関係であることは明らかである。従つて、都営住宅という建物の所有を目的とする本件賃貸借契約に、借地法、特にその四条一項但書所定の正当事由条項の適用があることは当然であり、当事者の一方が行政主体であるというだけで右法条の適用がないとする特段の理由は見出し難い。そうして、右の正当事由の存否の判断は、当事者双方に存する諸般の事情を比較考量してなすべきものであり、この理は当事者の一方が地方公共団体(行政主体)であつても変るところはない。もつとも、当事者の一方が行政主体である場合には、比較考量の基礎となる事情の範囲の決定やその評価等について、当事者双方が私人の場合とは、事柄の性質上自ずと異なるところがあることはみやすいところであるが、右はあくまで比較考量を如何に行なうかの問題に止まり、当事者の一方が行政主体であり、その活動が行政活動であることを理由に右の比較考量が性質上不可能であるとか、比較考量に親しまないということは、右述の本件賃貸借が、専ら私法法規の適用さるべき関係であることにもとるものというべきである。控訴人が、本件賃貸借契約の更新について、正当事由条項の適用がないとして主張するところは、行政主体の行政活動の法関係には前叙のとおり私法関係も存することに目をおおつた独自の見解というほかない。従つて、控訴人のこの主張は採用の限りでない。」と改める。

四控訴人は、当審において、被控訴人都が更新請求に代るべき措置をとらず、また土地収用法に基づく土地収用をせず、また建替によつて剰余土地の生ずる余地があるにもかかわらずこれらの措置をとらず本件土地賃貸借契約の更新請求をすることは権利の濫用である旨主張する。

しかし、控訴人が、被控訴人都においてとるべきものと主張するところは、本来、行政主体である被控訴人都が、その行政活動の一環として、その裁量によりこれをなすべきか否かを決すべき性質のものと認められるうえに、本件に現われたすべての証拠によるも、被控訴人都にあつては本件において、控訴人主張の措置に出る以外にとるべき方法がないのに、これをとらないで、専ら控訴人に対する更新請求という方法に出たものと判断すべき特段の事情を認めることができない。従つて、被控訴人都において、控訴人主張の各般の措置に出なかつたことを以て、同被控訴人のした更新請求が権利の濫用であるとする右主張は、更に立入つて判断するまでもなく理由がない。

五してみると本件賃貸借契約は被控訴人都の更新請求によつて更新され、従つて被控訴人都は本件土地につき本件都営住宅の所有を目的とする賃借権を有しているものであり、また本件都営住宅を賃借しているその余の被控訴人らは控訴人に対し被控訴人都の右賃借権を援用しうるものであるから、控訴人の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がなく棄却を免れない。従つてこれと同旨に出た原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(川上泉 奥村長生 福井厚士)

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